愛しの他人

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悪王子に会ったこと

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今回はハチャメチャのめちゃに長くなったので先に告知を書きます。

今週の日曜日、1/25もスナックカワウソの日です。日本酒の会云々と言ってたのが延期になりそうなので、今回は普通に開けていようと思います。次の日は平日だから、終電までに閉めちゃうよ。代わりに16時くらいから開けようと思います。軽くお腹がふくれるような物と、また安酒を準備しようかな。

それなりに飲み屋が得意な諸氏、行こうかなと思われましたらば、Gメールの「snack.otter」へご連絡ください。場所などご案内いたします。よろしくどうぞ。

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“悪王子”とは京都にある地名です。本のタイトルにもなった“天子突抜(てんしつきぬけ)通”とか、“上終(かみはて)町”とか“暗(くらがり)町”“馬喰(ばくろう)町”とか、京都にはナイスな地名がてんこもりなのですが、中でも凄くパンチが効いた名前で、由来を調べてみるとスサノオノミコトから来ており、「悪」はワルいではなく強いという意味だとか。なるほど…がっかり。

てっきりこの名前は、釈迦が由来だと思っていたから。浄土真宗の宗祖である親鸞聖人が、晩年に「愚禿」(愚かなハゲ!)と名乗ったように、「悪王子」も、一国の王子でありながら、仏道に帰依する為に妻も子も国も捨てたことを卑下して釈迦を呼ぶ別称なのかなぁと考えていたわけです。

ずっと前のこと。気になっていたBARに立ち寄ってみたものの、一人で入って良いのか躊躇われ、ドアを開けて素直に聞いてみることに。顔だけ覗いて、「すいません、ここは仕事帰りに一人で立ち寄っていい店ですか?」と聞くと、カウンターのお姉さんが「もちろん!」と、気さくに迎え入れてくれ、席についたのでした。ラムかなんか飲んでいる内に、店にやって来た男性と隣り合い、最初はガンだのダムだのとアニメ談話をしていたのが、だんだん話し込み、生い立ちの話にシフトしてゆきました。 

明日は実家で3回忌やねん。えっ!いいんですか飲んでて?うん、嫌いなジジイやったから。地元は京都じゃないんですか?…そう、もう京都に住んで長いねんけど…。仕事で京都に?いや、放浪で流れ着いた。放浪で?うん…俺なぁ、長いこと浮浪者みたいに生きてたんよ。

成績も態度も悪い自分が無理やり放り込まれた地元の高校は作文だけで入れる学校で、初日の授業はひたすら先生の横で腕立て伏せをすることだった。倒れ込めば腹を蹴り上げられ、耐えられる訳もなくその日に退学。軍隊あがりの祖父にそのことを知られると同時に、1歩も家へ上げてもらえなくなった。所持物はポケットの千円といくらかの小銭だけ。当時付き合っていた彼女の家へ転がり込み、友人の家を転々としながら暮らし、何とか定時制の高校へ入り直して卒業した。そこからは気ままな生活だったという。

うちに帰りたいとか、全然思わんかってん。ジジイのことで覚えてるのって、縛られてどつかれてたようなことばっかりやから、追い出されて逆に気が楽になったんやな。俺、殴られるのがイヤで、強くなりたかった。…で、なった!とにかく強いし、丈夫やし、滅多なことでは死なへんよ。うん。

話し始めた当初、彼はギターを弾いたり、後ろの席の仲間に声を掛けたりと機嫌がよかった。でもだんだん言葉が少なくなり、会話に長い間が空くようになった。これ以上突っ込んで聞くのも悪いと思って切り上げようとすると、彼も一緒に店を出ると言う。結局近くのカフェバーに移り、もう少し続きを聞くことにする。

彼は随分と歳上らしかったものの、言葉の扱いがシンプルで、話すのに少し苦心する人だった。比喩、暗喩、倒置、仮定の言葉が使えない。とにかく装飾なしで話さないと上手く伝わらない人だった。

ホンマに気楽やってんな。悪いことばっかりして、女の子ともいっぱい遊んで…。道でギター弾いて、適当にヒッチハイクして、いつのまにか京都にいてんな。テレクラで客いれたり、テキ屋パチ屋、なんでもやったよ。浮浪者みたいな生活してんのに、金が入ったらまっすぐ風俗行って…いつ死んでもええねんとか、そんなことばっかり言って。でも、ホンマに…。ホンマに明日死ぬってなったら…死にたくないって…。どうする?明日死ぬっていわれたら。いや、明日とか今夜とかやったら、まだマシかもしらん。中途半端に…半年後とか、来年とか…

急に顔色が真青になり、身震いした彼の背中をさする。吐くのかと思った。 

あんな、50%くらいやってん。俺の場合。薬があるけど、ちゃんと効かへんかったらもうあかん。ってな。情けないな。実際ムチャな生活で、死んでもいいとか言ってたのに、怖くて…もう、狂ったよ。周りにいる知り合いの女みんな犯したろうとかって。でも付き合ってた子とか、昔の彼女とかはみんな、携帯から消してん。誰にも頼ったらあかんと思ったから。どう思う?俺、今はそんな風じゃないやろ。浮浪者で、クズみたいで、お前絶対ジャニスとかみたいに27歳で死ぬ!とか言われて、俺も笑って、そうやそうや!死んでもええ!なんて言ってて。でも助かったとき、涙が止まらんかったな。

俺ムチャクチャやったから、昔の俺しか知らん友達とかは、今でも俺を悪く言うみたいやねん。でもそんなこと、ホントにどうでもいい。俺自身が、今までに会った人のことを悪く言わなければ、それでいい。誰かにムカついた事の話とかすると、それは自分の目線から、主観の話になるやろ。腹立ったヤツのこと、俺と一緒に怒って欲しいってことになるやろ? そんなんしたくないねん。もう、そういう風になってきた。多分、死なずに済んでから。

1杯のコーヒーを飲む間にそんな話をして、途中までタクシーに同乗して帰りました。 若干警戒したままだったけれど、何もやましいことはなかった。彼と別れたあと、腕を組んで、うーん。悪王子だ!と思ったのだ。

そして、町田康の書いた『人生の聖』のことも思い返した。今夜会った彼はとても聖人と呼べるような人ではないし、もしかしたら全部嘘の話なのかもしれない。でも、そうだとしても、初対面の席で4時間もひとり芝居を打ってくれたのなら、それは価値がある。ありがたいことだ。

「善人なおもて往生す、いわんや悪人をや」そして「地獄は一定すみかぞかし」と反芻する。今日は悪人と飲んだのかもしれない。だとしても悪王子だった。スサノオノミコトでも、勘違いしていた釈迦でも、どっちでもいい。20年後くらいに再会できたら、彼はきっと悪王子の時代を終え、人生の聖として生きているのだろう。

得したのか損したのかよく分からんけど、そんなことがありました。