愛しの他人

他人がすき

スズピに関する興奮、または青春の回収について

新宿3丁目で、時々会う友人らとビールを飲んでいた時のこと。そこへたまたま別の友人グループが通りがかり、自分たちを見つけてくれて合流となった。初対面の人間を2人連れていて、そのうちの真っ赤なワンピースを着ていた方がスズピと名乗った。とてもお洒落で可愛く、酒をよく飲んで、アカウントも面白い女だったので、その日のうちに大好きになった。

過日、なぜか卓球の誘いがあり、卓球は生まれてこの方やったことないけどやりたいです、と返信した。誘ってくれた面々は結構な経験者らしく、もう1人未経験者を誘おうと思い立った。スズピに声をかけると、勘が働いたとおり、卓球は生まれてこの方やった事がないという。約束の取り付けはスムーズにゆき、20日に集合が叶った。

夕方の卓球場は思いのほか混んでいて、皆でビールを飲みながら台が空くのを待つ。スズピと会うのは2回目なので、彼女について知らない事を聞く。いつ東京に越して来たのかとか、何の仕事をしてるのかとか。えっスズピの苗字は鈴木じゃないのか、じゃあなんて名前なの、と本名を聞いた途端に、頭が真っ白になった。漫画なら泡を吹いて気絶できただろう。

インターネットが世間に普及して久しい。Twitterはもう5年近く使っていて、その前はmixiを活用していたし、そのもっと前には、メモライズというブログ紛いのサービスにハマった。そのさらに前、2ちゃんねるよりあめぞうが主流で、ISDN接続でテレホーダイの時間に回線が混み合い、カラフルな初代iMacが話題になっていた頃は、みんなタグ手打ちでジオシティーズにサイトを作り、レンタルCGI掲示板を置き、なんというか必死に他人と交流していたのだった。

自分も御多分に漏れず、たまたま父の物好きで導入されたインターネットに夢中になり、夜中までWebサイトにポエムや日記やショートショートを書き溜める湿った青春を送っていた。友達も数人でき、互いに思春期なりのプライドで以って文章を値踏みしたりして。

今では珍しくも何ともないけれど、当時個人サイトでカウンター(もちろんレンタルCGI)が1万単位で回るサイトは結構珍しく、分かりやすい人気のバロメーターとして機能していた。今の中高生なら、Twitterのフォロワー数とかで顕示欲を満たすのだろうか?

自分が一生懸命に更新していたWebサイトは、結構面白いもんね、ファンだっているもんね、と鼻を膨らませても、あからさまに人気がなかった。周囲で特に人気のあったとあるテキストサイトは、めちゃくちゃデザインのセンスが良く、明らかに他の誰よりもヒリヒリと尖った文章をUPするので目が離せなかった。暫く交流が続き、その管理人が同じ年齢だと知った辺りで、人生における初回の「世の中甘くねぇな」をくらったりしたもので…

スズピが名乗ったのは、遥か昔に大好きだった、そのサイトの主の名前なのだった。

インターネット経由で人と会うのはもう何十人と経験があり、ごく日常的なことだ。そうすると、友人知人間のザックリしたネットワークがイメージできる。オフラインでの人間関係も同じく、誰と誰が繋がるのは、なるほど考えてみれば必然…という風に物事を捉えることはできるつもりだ。

その上でもここまでの偶然は久々というか、初めてかもしれない。遥か昔に好きで見ていた日記の主が、たまたま共通の友人と繋がり、新宿3丁目で通りすがり、Twitterでフォローしてくれていて、気が合って、ワケのわからん誘いに乗ってくれ、一緒にビールを飲んでいたのだ。

他人との巡り合わせにはかなり恵まれ、色んな偶然や必然の出会いを頂いてきたけれど、流石にひっくり返りそうになった。スズピも大概驚いてたけど、こっちはその比じゃない。アイデンティティの形成に関わるレベルで折れたり焦がれたりしていた身で、彼女の名前を忘れる筈はない。

スズピはもうすぐ結婚するそうだ。それは「あの子」が人生をちゃんと泳げているということの証で、かつての不安定な日々が報われつつあることの現れで、帰りの電車の中、段々よく分からない涙が出てきた。色んな場所へ無造作に置いて来た自分の卑小な青春が、ウロウロと彷徨った挙句、ちゃんと手元に帰ってきた様に思えたのだ。

「ものすごい事」に直面した時の、喜怒哀楽どれにも当てはまらない昂ぶりを何度か経験し、その度にとかく人生とは心を揺さぶる出来事が起こるものなのだ、と納得するしかなかった事を思う。神や仏の仕向けたことではなく、そこにあるのはただ強烈な縁なのだ。 最近毎日聞く曲の歌詞がよぎる。

「簡単まやかし すでに裏返し/午前三時のおとぎ話/散々頻繁で行き場はもうナシ/経験と言えるものは恥さらし/目に見えるだけで目に見えない/目に見えるだけど見えてこない」

好きな曲の歌詞に色々な思いを託して、感慨深くネットに上げて!
でも、ちゃんと生きてこれたね!

誰にも分からない場所で、こうして半笑いのまま青春を回収し、ただ頷いています。